
全国でも有数のマダケの生産地であり、全国で唯一の竹工芸教育訓練施設を有する大分県。
竹工芸家として初の人間国宝・生野祥雲斎を排出した県でもあります。
本展はそんな大分県で活躍する現代の竹工芸家と、大分市美術館が所蔵するコレクションとのアンソロジー企画展です。
6名の竹工芸家が自ら市美のコレクションをピックアップし、選んだ作品に受けた刺激や反応を形にした作品を展示。
竹工芸家たちの手によって織りなされた作品と対峙するように配置されたコレクションたちもまた、新たな一面を抽出されていたのが印象深かったです。
構想・制作を含めて1年という長期間を経た企画展。それぞれの強力な個性と魅力が詰まっていました。
人間国宝と現代の竹工芸家
最初に展示されていたのは、人間国宝・生野祥雲斎の作品。

生野祥雲斎「輪花永芳盛籃」1944年
本作に使用されている竹は、民家の天井裏でかまどや囲炉裏に長い間けむりでいぶされた煤竹の表皮をけずり、漆で仕上げたものだそうです。制作されてからすでに80年近く経っている(素材ベースでいえばもっと時間が経過していますが)とは思えないほどの瑞々しさと、その歳月に見合う荘厳さを兼ね備えています。
最近は祥雲斎の回顧展もあり、その都度お目にかかるのですが何度見ても感銘をうけるほど美しいです。
竹藝家・本事業指導者でもある中臣一氏の作品。

中臣一「FLY 白拍子」2023年 「FLY:Trio 」2024年
見た瞬間ヤバすぎてニヤニヤしてしまいました。
鼓のような、蓄音機のような、それでいて花びらのように歪曲していて優雅。映し出された影すら踊っているようです。
「FLY」シリーズは竹田の生息する多様な鳥類に着想を得たと解説にありました。
はばたきの瞬間を凝縮したようでもあり、空に飛び立つ直前の形のようでもあり。
祥雲斎とは全く違った個性の作品で、テンションが上がります。
生野祥雲斎に師事した安倍基氏の作品。

安倍基「波の光」2002年
それまで籃物を多く手掛けた安倍氏が「とにかくいいものを作りたい」との一心で制作したというパネル型作品。材料も手間も膨大だったそうです。そりゃそうだ。
これも見た瞬間おったまげました。クオリティでぶん殴られた気分です。
タイトル通り、波うつように目に飛び込んでくる光が移ろって奇跡のようです。うっとりとしてしまいました。黄金の輝きは収穫期を迎えた小麦畑のようでもあり、祝福されたような満たされた心地になりました。
竹を主題に据えた展覧会には何度か足を運んでいるのですが、その度に「竹」という素材ほど作家の個性がダイレクトに反映される素材はないんじゃないかと思います。
いやぁ、美しかったです。
丘の上のコレクションと竹との出会い
さて、ここからが本展のメインディッシュです。本ブログでは大分市美術館コレクション作品を先に、作品にインスピレーションを受けた作家の新作をその下に掲載しています。
髙山辰雄「朝」/ 近藤雅代「帳」



髙山辰雄の作品「朝」に対してその名も「帳」というストレートな解釈を形にした近藤氏の作品。
これから朝を迎える寸前の青、やがて薄れ消えゆく色をとどめた作品に対して帳という、これから夜が深まっていく瞬間を連想したのも面白いです。
下部に少しだけ配置された赤や、胴体部分に節くれがちょこっと見えるのもセクシーに感じました。
岩澤重夫「清秋」/ 青柳慶子「秋麗」



黄色が鮮やかな両作品。
見た瞬間かぼちゃの煮物を思い出して「美味しそうだな」と感じてしまいました。
秋真っ盛りの美しさを描ききった岩澤の作品に対し、青柳氏の作品はこれから来る冬も見据えています。籠のふくらみは生物が越冬するためにエネルギーを蓄える様子を表しているのだそうです。
作品自体が輝きとパワーを放っているような印象を受けました。
宇治山哲平「爽」「№309朝陽」「絵画№257-259(凛)」/ 谷口倫都「綴」「竹鞠」



宇治田哲平の抽象画をピックアップした谷口氏。
抽象画に親しみがない素人からすれば単純に難易度が高い気がしましたが、見事な作品が展示されていました。
僅かな空気の流れにも揺らぐよう、中空に吊るされた2点。
色鮮やかに染色された竹ひごで編まれた作品たちは影も印象的です。立体的でありながら強く空洞を意識した作品がとてもスタイリッシュでした。
生野祥雲斎「怒涛」/ 木﨑和寿「Richness of spirit」


繊細でありつつ大胆な動きというリズム感は似ていますが、全く異なる印象を放っている両作品。
見つめていると吸い込まれて切り刻まれてしまいそうな生野祥雲斎の「怒涛」に対し、木﨑氏の作品は貴婦人が微笑んでいるような気品と優しさを感じます。
木﨑氏の作品によって祥雲斎の作品の厳しさが更に惹き出されているようにも思え、面白かったです。
中西夏之「ARC 82- Ⅱ(弓形)」荒川修作「OUT OF WHICH(の中から)」/ 長谷川絢「Echoes」「Re.Rhizome」


館内の雰囲気をまるごと変えてしまうようなインパクトの強い作品。
透明な卵型に結実している竹ひごはDNAの見立てでしょうか。
樹脂の中の螺旋は手前から奥に向けて育つように大きくなっていきます。



こちらも展示に一部屋を使った大胆な作品。
荒川が手掛けたシルクスクリーンの作品を象徴するように手前に長谷川氏の作品が配置されています。
長谷川氏が荒川の作品を鑑賞した時に受けた印象を作品にしたものだそうで、「地下茎」をイメージしているそうです。
どちらの作品も贅沢に空間を使った展示が美しく、ため息が出るようでした。
吉村益信「豚;PigLib」 田能村竹田「胡蝶図」/ 池将也「ギブミーフラワー」「幻景」


切り口が途中からハムになっている吉村の作品は、剥製を用いて作られています。
はめ込まれた目は青く澄んでいて美しく、毛は一本一本が際立っていて体温や匂いまで伝わってきそうな迫力。また、しっとりとして美味しそうなハムを同時に鑑賞させることで、否応なしにすべての食物は生命であったことを想起させますね。
池氏は、切り取られながらも何事もなかったように2本足で立つ豚が人間に見えたそうです。
そして「豚;PigLib」で「豚の解放」をした吉村に対し、「ギブミーフラワー」では時代遅れとなった無機物を作品に昇華しそれらを「解放」し、感謝しているのだそう。
ちょっとせつなくなる作品ですね。

田能村竹田は江戸時代後期の文人で、豊後国竹田に生まれました。
今回ピックアップされた「胡蝶図」は中央の掛け軸。
そのまわりを取り囲むように竹で作られたオブジェが飾られています。

手前に設けられた鑑賞スペース(実際に座ることができる)や、配置されたオブジェクトにもまるごとの竹や石などが配置されています。
笹の葉ずれの音が聞こえてくるような作り込まれた世界観が心地よく、茶室に招かれたような気持ちで鑑賞しました。
コンテンポラリーアートと竹との出会い

同時開催のインスタレーション展「コンテンポラリーアートと竹との出会い」。大分市美術館とは別会場になる、大分市荷揚複合公共施設の方にも足を運んでみました。

いくつもの石柱が並びたち、それがいつしかひび割れ、崩壊していく。気がつくと石柱は再生されており、再び崩壊していく無音の映像が繰り返し流れる空間。
その中に竹で作られた作品たち、そして砕けた石膏のオブジェクトが配置されています。
「Un beings」(存在しない存在)と名付けられたインスタレーションは、諫山元貴氏と長谷川絢氏によるコラボレーション企画です。大分市美術館とはまた趣の違ったアート空間が出来上がっていました。
形あるものはいつしか壊れる。そして私はそれの繰り返しをただ眺めている。
眺めている私も作品の一部としてここに存在している。いつか朽ちゆく存在として。
そんなことをぼんやり思いつつ設けられたベンチに腰掛けていました。とても美しく、そして癒やされる空間でした。
大分を竹文化のグローバル・ハブへ

「大分を竹文化のグローバル・ハブへ」というビジョンが掲げられた「MEET BAMBOO PROJECT OITA JAPAN」。
2028年まで予定されている長期的なプロジェクト、というところにもわくわくしています。
大分県立美術館で毎年開催される「竹会」とはまた違ったアプローチで竹アートの魅力を発信している素晴らしい展覧会でした。
次回も楽しみにしています。
