アート 考える

美術館ってそんなにバリアフリーじゃない

投稿日:2022年4月30日 更新日:

私は美術鑑賞や博物館に行くのが好きです。


自力では到底たどり着けないような未知の世界。芸術。学問。


そのような世界に、一瞬、一端でも触れられる環境。


同じような理由で図書館にもよく足を運びます。


また、それらの施設は概してバリアフリーの設備が整えてあり、トイレも広々として、清潔感が保たれていて利用しやすいです。


車椅子対応のスロープ、手すりが設置してある通路。


館内は明るく、人混みもなく、静かで過ごしやすい。


まさに誰にとっても安全で心地よい施設。


けれど、先日美術館へ行った際、恥ずかしながら、初めてそうでもないのかも、、と気が付きました。

あれ?車椅子だと見えなくない?

先日私が大分市美術館で開催されている、「宮廷画家ルドゥーテとバラの物語」の展覧会を訪れた時のこと。


一組の車椅子ユーザーの方と、介護者の方が訪れているのを目にしました。


ふとその方たちに目線を向けた時、介護者の方は絵画を眺めていても、車椅子の方の視線はあまり絵画の方を向いていないことに気が付きました。


そしてその時ようやく分かりました。


あれ、これ車椅子だと美術鑑賞できなくない?

車椅子ユーザーの目線の高さは約110cm

(上記の画像は東京ガスさんのホームページよりお借りしています)


国土交通省が出している建築設計資料によると、車椅子使用者の目線の高さは男性で115cm、女性で110cmだそうです。


先述した「宮廷画家ルドゥーテとバラの物語」展では、展示されているすべての絵画は立位で見る為の位置に掲げられていました。


全長150cmの私の視線の高さは約140cm。


その私が丁度鑑賞しやすい位置にあるなぁと感じたので、視線の高さが約110cmの車椅子ユーザーの方からすれば、とても鑑賞しずらい位置に展示されていたことになります。


思わず会場内でエア車椅子(中腰)をしてみつつ絵画を鑑賞してみたのですが、目線は常に見上げている状態でした。


単純に首や肩が凝るとかいうレベルではなく、ルドゥーテ作品の細やかな筆致や鮮やで精巧な色使いなどを確認できるほど絵画を見つめられません。


以下はNHK大分の「宮廷画家ルドゥーテとバラの物語」に関するニュース映像です。
https://www3.nhk.or.jp/lnews/oita/20220422/5070012467.html


絵画だけでなく、作品のタイトルすら上向きに設置されているのがおわかりいただけると思います。


美術展の入り口にパンフレットとともに作品リストが印刷された紙を設置してありましたが、そういう話じゃない。


足が不自由な方は、どれがどの作品かも分からず、そもそもじっくりと見ることすらもできない。


美術館は、誰もが気軽に美術や芸術を鑑賞できる施設ではないのか?


障害者手帳などを掲示すれば観覧料が無料になる、と言われてもこれでは全く意味がないじゃんじゃないか?


そしてその事実に40年近く生きてきて全く気が付かなかった自分にも身勝手ながら衝撃を受けました。

バリアフリーな美術館だってあるけれど

上記は京都国立近代美術館のバリアフリー対応事例です。


前日までの予約制にはなりますが、目線の位置を調節できる特別な車椅子を用意しています。

東京にある根津美術館では、改築の際全面的なバリアフリーを目指した設計を依頼したそうです。(設計者は建築家の隈研吾氏)


展示の工夫によって車椅子でも苦のない移動や美術鑑賞が可能になっています。


私は、一台80万円近くもする電動昇降機付き車椅子をすべての美術館や博物館に設置しろ、とか、誰もが鑑賞しやすいように設計からやり直せ、と言いたいのではありません。


けれどシンプルに、そして圧倒的に視点が足りていないのだと思うのです。


昨年末訪れた東京・上野の森美術館では、身体障害者と思われる方が美術館で勤務されていました。


障害者雇用に関する制度として、民間企業(従業員数43.5人以上)は2.3%、国や地方公共団体は2.6%、都道府県などの教育委員会は2.5%の法定雇用率が設定されています。
厚生労働省のホームページより)


しかし果たして大分県内の公共施設を利用した時、障害を持つ職員の方をお見かけすることはないように思います。


もちろん、「見た目で分かる障害」と「見た目では分からない障害」があります。


サービス提供ではない裏方の事務作業に徹しているのかもしれませんし、その方が働きやすい環境だということもあるでしょう。


法律で決まっていることなので、おそらく障害者の雇用が守られているだろうということを前提にしますが(じゃあなぜブラック企業がはびこるのだ、という感情は置いておいて)、それでも健常者と障害者の住む世界が必要以上にくっきりと分かたれ過ぎているのではないかと思います。


住む世界が違うという表現はあまり好みませんが、離れれば離れるほど視点を持てなくなります。


バリアフリーということを謳っている施設でも、よく見てみればスロープの先は段差があってガタガタの道・・なんてこともザラで、ヒヤヒヤしています。


先述した大分市美術館の展覧会でも、絵画の位置があと20cmでも低ければ楽しめる人はもっと増えたはず。


ちなみに同時期に大分県内で開催されている「コシノジュンコ展 原点から現点」では、ファッションという親和性も相まって車椅子ユーザーの方でも十分楽しめる展覧会になっていましたのでオススメしておきます。
(ファッションショーはもともとランウェイのモデルを座って眺める、という状況なので)

人は誰しも

人は誰しもが老いていきます。


短時間なら歩行可能でも、美術鑑賞などの時間をかけたい場合は車椅子のほうが楽、ということもあります。


また先天性の身障者ではなくとも、後天的に障害をおうこともあります。


私だって今現在は動く足が2本ついていますが、明日には散歩していたら車にはねられて歩けなくなった、なんてこともなくはないはずです。


公共施設であることも多い美術館や博物館ですが、今まで訪れた場所を思い浮かべてみるとまた違った感想が浮かんできます。


私自身、障害を持つということへの視点が全くなかったという自戒を込めて。


お読みいただきありがとうございました。

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