イタリアと日本は、共通点が多い国です。
ご飯は美味しく、歴史的な建造物も多くあり、気候はそこそこ穏やか。
両国とも、少子化がものすごい勢いで進行中だし、おまけに経済は微妙で、ついでに言うと政治もグダグダ。
そんなイタリアからはるばる来日されたオペラの演出家、フランチェスコ・ミケーリ氏が語るのは「音楽祭とまちづくり」。
コロナ禍を通し、日本では芸術や音楽は不要・不急のものと烙印を押されてしまいました。
私自身、芸術文化に触れることは贅沢をしているような、少し後ろめたい心地になる時があります。
氏が語ってくれたのは、「音楽の力強さ」そして「芸術は武器になる」ということ。
そんな視点を持っていなかった私は、目から鱗が落ちたような、そして文字通り視界が開けたような気分になりました。
フランチェスコ・ミケーリ氏とは
1972年イタリア・ベルガモ生まれ。ミラノ市立パオロ・グラッシ芸術学校修了。’12年から’17年までマチェラータ・オペラ際の音楽監督を経て、現在、ドニゼッティ・オペラ祭の芸術監督を務める。
このフェスティバルは世界的に権威ある「Oper!Award」で2019年の年間最優秀音楽祭にノミネートされた。
コロナ禍においては、同音楽祭の演目を動画配信するためのウェブテレビなどを創設し、家に居ながら芸術文化に触れる機会を提供するなど革新的な試みを続けている。
またこれまでもフェニーチェ歌劇場(ヴェネツィア)、フィレンツェ5月音楽祭劇場、ボローニャ劇場などイタリア国内のみならず、アテネ、ボルドー、北京などでもオペラ作品を演出し、好評を得ている。
コロナ禍で延期となっていたイギリス音楽祭でも公演を予定している。
上記は頂いたパンフレットからの引用です。
オペラに関して全くのシロウトの私でも、世界中で活躍されている素晴らしい人なのだと理解できる経歴。
登壇したミケーリ氏は、笑顔がチャーミングで、言語の壁はもちろんありましたが(通訳の方がいました)、ボディランゲージも交えておしゃべりして下さる方でした。
オペラの成り立ち、歴史を語る場面では、着ていたジャケットを腰に巻いて即興でシェフを演じたり、壇上を所狭しと動き回りながら歌ったりと、実演もしてくれました(そしてちゃんとミケーリ氏の後をついて回る通訳の方、笑)。
「イタリア人は身振り手振りが激しいのか、声が大きすぎるのか、日本人と話していると少し距離を開けられるんだけど、怒ってないし、怖い人じゃないんだよ」的なことをおっしゃられていました。
あと蝶ネクタイ姿がso cuteでした。
オペラは外交手段だった
オペラが誕生したのは、イタリア、それもルネッサンス時代と言われています。
その頃都市として栄えてはいたものの、国力が十分ではなかったイタリア地方。
周囲を取り囲むのは、すでに大国としての繁栄を始めていたフランスや、スペイン、神聖ローマ帝国、オーストリアなどの強豪国。
またイタリア地方はキリスト教カトリックの総本山、ローマがあることもあり、常にそれらの国から土地を狙われている立場でした。
そんな中、イタリアではフランス王を懐柔するため、王を度々お招きし、美食や豪華絢爛な晩餐会でおもてなしをしていたそうです。
現代とは違い、料理を提供するスピードも遅いでしょうから、贅を尽くした美食ひと皿ひと皿を提供する合間に、美しい音楽や、踊り、また歌声を披露して退屈させないようにする。
そのような歌劇や仮面劇がオペラの前身となっていったようです。
つまり、オペラは外交手段として生み出された、という背景があったんですね。
そして、その後オペラ音楽として作曲家の地位が確立されたイタリアでは、音楽の才能があれば無償で教育を受けることができるようになりました。
そのように広く才能を募り、人材育成を図った結果、現代でも世界で5指に入ると言われる名作曲家ガエターノ・ドニゼッティ(1794-1848)が、ある地方都市で誕生します。
ドニゼッティが生まれた地方都市ベルガモ
赤いピンがある所がドニゼッティが生まれたベルガモです。
ミラノから電車で1時間、小高い山の上にある美しい街なんだそうです。
小説「赤と黒」で有名なフランスの作家スタンダールが「ベルガモの丘は今まで見たどこよりも美しい」と日記に綴り、ドビュッシーのピアノ作品「ベルガマスク組曲」はベルガモを舞台にして作られました。
そして今回講演されたフランチェスコ・ミケーリ氏の故郷でもあります。
氏は、ドニゼッティがベルガモに残した多くの芸術遺産を積極的に活用し、若者の間で芸術への関心が高まるよう、またベルガモがより一層文化的な街になるように「ドニゼッティ・ナイト」「ドニゼッティ・オペラ祭」などを企画されています。
上記の動画は2019年、新型コロナウィルスが流行する前に行われた「ドニゼッティ・ナイト」の様子です。
講演会場でも短く編集したものが上映されました。
開始からクライマックスのテンションで喋り続ける黄色いTシャツの方が、フランチェスコ・ミケーリ氏。(実際壇上でもこんな感じの方でした)
「ドニゼッティ・ナイト」では青空オペラが開催されたり、人形劇や、ドレスアップしてダンスをしたり、と街全体を巻き込んで、地元の人はもちろん、多くの人が訪れるお祭りになったのだとか。
私も、動画を見ているだけでワクワクしてしまいました。
ベルガモを襲った悲劇
世界中で猛威を振るった新型コロナウィルス。
特に日本と比べ、欧州やアメリカでは亡くなられた方が多かったのは周知のことだと思います。
やはりイタリアでも例外ではなく、氏の故郷でもあるベルガモでは、人口の10%もの方が亡くなったそうです。
第2次大戦下でも運良く爆撃を避けられた都市なのに、コロナは多くの人の命を奪っていった。
数値で聞いただけでもえげつないという印象ですが、ミケーリ氏の親戚や、仕事仲間、恩師などなど・・・多くの縁ある方々が亡くなられたそうです。
またその多くの方は、孤独の中で死ななければならなかったとも。
病室はすぐに満員になり、病室どころか病院の廊下でも、家の中でも、、、そして密集を避けるため葬式すら挙げられなかった。
ミケーリ氏も、自分のやっている仕事は意味があるのか、と問わざるを得ない日々だったとおっしゃっていました。
そんな日々の中でも、そしてどんな悲劇の中にあっても、音楽や言葉は必要で、そして芸術家でいるためには何もいらない、と考えたそうです。
また、ミケーリ氏が手掛け、当時のイタリア大統領も参列した、新型コロナウイルスの影響が一段落したベルガモで開催された追悼ミサには、ドニゼッティの曲が使用されました。
ドニゼッティの曲は多くの人々の心を慰め、前にすすむためのきっかけになったのです。
人々は音楽を必要としている
「音楽には、すごく力がある」
講演中、ミケーリ氏が繰り返しおっしゃっていたのが印象的でした。
「バスの中でも電車の中でも、街でも・・どこでも皆イヤホンをして音楽を聴いています」
若い人が一番好む芸術が音楽である、と。
確かにそうかもしれません。
日本でも、スーパーやデパートなどの買い物中でも常にBGMがかかっています。
レストランやカフェでは静かなBGMだったり、深夜のファミレスでは流行りの曲が流れていたり、大分の街中・府内5番街ではジャズのBGMだって流れていてとても雰囲気が良いです。
実はミケーリ氏は、音楽の道に進むことを父親に猛反対されていたそうです。
カトリックの影響が色濃いイタリアでは、古い習慣として父親の職業を子供が引き継ぐのが普通なのだとか。
ベルガモはイタリアでも都会というよりは地方で、そしてミケーリ氏が生まれたのはそのベルガモの中でも更に田舎。
セメント工業を主な産業とする村で、音楽や芸術からは遠い生活だったのだそうです。
父親の職業である薬局を継ぐように言われて絶望していた氏を救ったのは、ドビュッシーの月の光。
氏の故郷であるベルガモを舞台に作られた「ベルガマスク組曲」に入っている曲です。
父親と喧嘩になり、部屋に引きこもってこの曲を聴いた時、どんなことになっても、例えば死ぬことになっても、音楽を愛するために生きよう、そんな気持ちで生まれた街を飛び出したそうです。
そして、時代に取り残され、偉大な作曲家であるドニゼッティが生まれた街であることも忘れさられていたベルガモを、音楽を通して見事に再生させた彼はこう語るのです。
「音楽はすごい力をくれるんだよ」
芸術は武器になる
「音楽は力をくれる」そして「芸術は武器になる」。
今回の講演中ミケーリ氏がおっしゃっていた言葉で、一番印象的だったのがその言葉です。
日本では新型コロナウイルスの感染爆発を避けるため、そして人々の移動を避けるため、不要不急の外出を控えるよう緊急事態宣言が何度も発令されました。
予定されていた文化・芸術ばかりでなく、音楽や演劇のイベントなども軒並み延期や中止になりました。
また、コロナが一段落してみると次は経済へのダメージで四苦八苦する現実が待っていました。
さらにロシアによるウクライナ侵攻。
人々を取り巻く不安や恐怖はインスタントに溢れかえっています。
実は、講演でミケーリ氏の言葉を聞くまで、これから芸術は一部の限られた人の、わかりやすく言うと「楽しむ余裕のある人だけ」の、そんな高尚な娯楽になっていくのだと、私は寂しい気持ちだったのです。
ですが、これからの時代にこそ、より芸術が必要なのだと思い直しました。
この残酷で、常に不安や心配事が襲ってくる恐ろしい世界で、芸術がくれる力は武器になります。
「今日はどんな武器を磨きに行こうかしら」
「お気に入りの物が見つかるといいわ」
そんな、わくわくとした攻めの気持ちを持ちつつ、芸術に触れてみるのも悪くないのかもしれません。
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