文豪・夏目漱石。
代表作は「吾輩は猫である」「三四郎」「それから」「こころ」・・・パッと思いつくだけでも多くの作品名が挙げられます。
夏目漱石は明治末期から大正初期にかけて活躍した作家ですが、令和現代に至っても読みつがれています。
国語の教科書にはもちろん登場しますし、「こころ」などは各国で翻訳されており海外の方にも馴染み深い作品らしいです。
そんな夏目漱石の「食」に迫ったのがこちらの「漱石、ジャムを舐める」です。
著者は河内一郎さん。
サラリーマンを定年退職されたあと、高校生の頃から続けていた夏目漱石に関する研究を本にまとめていらっしゃる方です。
漱石の著作に関する研究や論文は数あれど、河内さんの視点は漱石という「人」に迫ったもの。
名著に描写されている料理、菓子などから漱石自身の嗜好を追うというスタイルで非常に面白かったです。
甘いモノ大好き文豪
本書「漱石、ジャムを舐める」は、漱石の著書「吾輩は猫である」で描かれていたワンシーンから始まります。
それは登場人物が食パンに白砂糖をつけて食べる、という朝食のシーン。
現代を生きる私たちからしてみれば、驚きの食生活ですが(というか食べにくそう)当時は森鴎外などもそういう食事をとっていた記録があるそうで、ありふれた光景だったようです。
また漱石自身は甘党であることを否定していたようですが、河内さんは鋭い指摘をされています。
漱石は、菓子は何でも食べた。ところが本人は「有れば食ふと云ふ位で、態々買つて食ひたいと云ふ程では無い」などと言っているが、本当のところは菓子が大好きで、和菓子よりも洋菓子を好んだようである。
漱石、ジャムを舐める 二 西洋料理とデザート p27
家人や門下生からしてみれば、とりあえずお菓子を食卓に出しておけば食べるのだから「甘い物が好きなのね」となるでしょうし、交友関係のあった訪問者からしてみても「手土産には甘い物を持参しよう」となるでしょう。ツンデレか。
ちなみにタイトルにもなっている漱石が舐めていた「ジャム」。
おそらくイチゴジャムで、ひと月に8缶(1缶およそ650g)舐めていたこともあったそうな。パネェ。
胃腸よわよわ文豪
漱石は甘党だったと聞いて親近感を覚えたところですが、普段の食事についても一家言あったようです。
漱石は胃弱にもかかわらず、淡白な味付けのものを好まなかった。
漱石、ジャムを舐める 二 西洋料理とデザート p25
「食物は酒を飲む人のやうに淡白な物は私には食べない。私は濃厚な物がいい。支那料理、西洋料理が結構である。日本料理などは食べたいとは思はぬ」
元々お酒もあまり飲めなかった漱石。
胃弱のうえ喀血で入退院も何度かしており、何より死因は胃潰瘍だったとされています。
日本料理でも、脂っこい天ぷらや牛すき焼きはよく好んで食べていた、という話ですからよほどあっさりしたものは好きじゃなかったんでしょう。
さすがに吐血直後の食事開始時はおかゆなども食べていたそうですが、それでも普段の食事はやはり自分の好きなものを食べていたようです。分かる。
データに基づいた推論で読み応えあり
実は夏目家の食事に関する書籍や記録はあまり残されていないそうですが、河内さんは漱石の著書、ご家族の回顧録、当時の相場・物価表、年表などを丹念に精査されています。
外堀から丁寧に、着実に「夏目漱石」という人についてせまっていく。
ページを読み進めるごとに人物像がくっきりとしてきます。
本書は個人の研究を書にまとめたものとしての出版で、学術論文などではありませんが、それでも読み応えがあり、また明治から大正期にかけての世相や、食文化、空気感などを味わえる一冊だと感じました。
巻末には多くの出典とともに、漱石の給料や原稿料、当時の飲食店のメニュー・価格表等も掲載されており、漱石フリークだけでなく同時代に活躍した文豪たちが好きな人にもおすすめできる本となっています。
何より企業に勤め上げた後の「第二の人生」としてコツコツ続けてきた趣味をコンテンツとしてまとめ上げる河内さんの素晴らしさ。
気になった方はぜひ本書をお手に取られてみてください。
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