森鴎外。
明治・大正時代の小説家であり、陸軍軍医。
代表作の「舞姫」は誰しもがその作品名を聞いたことがあるはず。
国語の教科書やテストなどで、よくお目にかかるお人です。
この「紅茶と薔薇の日々」は、そんな森鴎外の娘、森茉莉(モリマリ)が書いた、食に関する随筆をまとめたものです。
エッセイや原稿、とにかく食事に関するものが一冊の単行本にまとめられています。
子供の頃より自他共に認める食いしん坊。
美味しいものでごはんを食べないと小説がうまくいかない、とおっしゃる茉莉お嬢様。
タイトルの美しさに惹かれて、そしてなんだかすごく親近感が湧いて、思わず手にとった次第であります。
紅茶と薔薇の日々 概略
森鴎外の娘、森茉莉。
当時陸軍軍医として国家に勤め、作家もこなしていた父・森鴎外。
本人曰く、そんな父親に溺愛されて育ったとあります。
当然由緒正しきお嬢様育ち。
朝起きると(カオアラウオユ)と母親か本人がのたまうと、女中が持ってくる。
第二章 料理自慢 「蛇と卵」ーーー私の結婚前夜より
<中略>
その上私は十五になっても父親の膝に、冗談にしろ乗ったりしていて、手に負えない赤ちゃんお嬢さんである。
親近感が湧いて本書を手に取りましたが、中盤に差し掛かる前にあっけなく共感度ゼロになりました。
だってわたくし、家にお手伝いさんなんていらっしゃいませんでしたもの。
ですが、不思議と森茉莉の文章は嫌味がなく、それどころか返って無垢な印象を受けるのです。
子供時分の優雅な生活。
大正時代の、異国の文化が少し馴染み始めた時代の、なんといもいえない匂いのする食事の描写。
父である森鴎外の好物。
一家での食事。
レストランでの外食までもが事細かに綴られています。
お嬢様育ちの食いしん坊。
しかし、食べるだけではなく、時にお嬢様は自ら台所に立ち、自慢の腕を振るいます。
舌で記憶したという彼女のレシピは、庶民育ちには真似できない物かと思えば、意外にも、随分と身近なレシピが多いのです。
パセリのたっぷり入ったオムレツや、トマトや玉ねぎのバタア焼き。
鯖が入った、サラドゥ・リュッス(ポテトサラダ)など、言葉の響きからして優雅です。
しかも材料は冷蔵庫にあるもので事足ります。
なんて素敵なお嬢様なんでしょうか。
紅茶と薔薇の日々のココが好き
森茉莉の目を通して伝えられる、鴎外の食生活や衛生面での考え。
大変な食いしん坊であると自負する森茉莉の、食に対する描写の細やかな筆致。
高価な食材ばかり使われるのでは?という懸念を払拭し、(もちろん、森茉莉自身が子供の頃は高価な食材だったでしょうが)家庭にある材料で、しかし、独特のエッセンスが効いたレシピは思わず真似をしたくなります。
ひとつ本書にあったレシピを再現してみました。
レモンを三四滴と蜂蜜を溶かしたのを二三滴入れて飲んでいる。
第四章 日常茶飯 コカ・コーラ中毒 より
(そうすると味がずっと品がよく、柔らかくなる)
たったこれだけで、何が変わるのかしら?と思われるかもしれませんが、後味がまったく違うものになります。
比重が重いためか、コーラを飲み終わったあとの風味に、ほんの少しはちみつが残るのです。
それがたまらなく、まさに「品がよい」のです。
お友達の家に遊びに行ってこれが出てきたらたまげる味です。
気になった方はお試しあれ。
本書「紅茶と薔薇の日々」は、森茉莉の、しかも食に関する随筆集ですが、父鴎外に関する記述が多いです。
彼女は相当にファザーコンプレックスであったのだと伺えます。
彼女は折に触れ、父鴎外の言葉、思い出を綴っています。
森鴎外という、私にとっては文字の上でしかお会いしたことがない存在です。
しかし、実存するレシピやエピソードとともに、食べ物というフィルターをかけて語られると、ぐっと身近な印象になります。
これほど素敵なことはありません。
また、独特の言葉遣いで描かれる食の世界はどことなく背徳感があり、官能的です。
いくつか再現してみたいレシピもあり、読み終えてなお、ワクワクしています。
おまけ 妄想料理人
私は偉人たちがどんな食事を好んでいたのかを本で読んだり、生きていた時代にどんな食べ物やメニューがあったのかを調べるのが好きです。
そしていつもこんなカフェがあったらと妄想するのです。
例えば森鴎外をコンセプトにしたカフェのメニューはきっとこんな感じ。
お飲み物
・珈琲
・チョコレイト(チョコレートを牛乳で溶いたもの)
・湯冷まし
・生ぬるい麦茶
お食事
・ロールキャベツ
・牛肉入りスープ
・ハンバーグ
・野菜の煮物など
スペシャルメニュー
・葬式まんじゅうのお茶漬け 漬物付き
鴎外はベルリンに5年、ミュンヘンに3年留学したとのことで、メニューはドイツ料理が主になります。
野菜も好んでいた、との記述より、かぼちゃ煮やふろふき大根などの和食も登場します。
ちなみに彼の衛生理念に敬意を表して、生水(お冷)、生の果物などは出ません。
みずみずしい旬を迎えた桃ですら、すべて火を通した状態で提供されます。
真夏でも、です。
鴎外カフェイチオシのメニューは葬式まんじゅうのお茶漬け。
(娘いわく、小さい時は真似てよくやったが、今ではたべられない。)
2ヶ月に一回位でコンセプトが変わっていく、そんな素敵な偉人カフェ。
どこかにないでしょうか?
素敵な本に出会うたび、妄想してしまいます。
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