考える

私たちの体は食べた物でできているという「信仰」

投稿日:2021年7月20日 更新日:


私たちの体は、私たちが食べたものでできている。


その考え方を疑う人はあまりいないと思います。


高校を卒業し、短大に入学して初めて受けた栄養学の授業では、


「人」を「良くする物」と書いて「食べ物」です。


そう、教授がおっしゃっていたのを覚えています。


人々は、誰しもがその考えを信仰し、あるいは拠り所としています。


愚直に禁忌(タブー)とされる、いわゆる体に悪い食べ物を避けて生きる人もいます。


糖尿病や、高血圧などの病気が理由で避けることを余儀なくされる人もいるでしょう。


また、暴飲暴食の果て、禁忌を犯しつづけた(体に悪い食べ物を食べ続けた)からあの人は病気になったんだ、などと後ろ指をさされる人もいます。


さらに、体に良い食べ物しか体内に入れなければ、病気をせず長生きし、美しくなることができ、そして若さも保たれるはずだ、と多くの人は考えています。



・・・本当に?



では体にとって良い食べ物の定義とは?


逆に体にとって悪い食べ物の定義とは?



実は体に良いとされる食べ物も悪いとされる食べ物も、頻繁に変化しているのをご存知でしょうか?

私たちの体は食べた物でできているという信仰

グルテンフリーな食事で腸活、もっと健康的でスリムな私になろう!


オーガニックの野菜を食べて大地の力で元気に。免疫力をあげて、風邪に負けない体になる!


抗酸化作用のあるビタミン。血管を錆びないように鍛えて、いつまでも若々しくいよう!



上記3つのキャッチフレーズは、今私が適当に考えたものです。


適当に考えたものですが、どれも体に良い食事法や、食品であるという印象を与えてくれると思います。


体のために、自分が食べる物に気を配る。


その姿勢は大変素晴らしいものです。


しかしながら、その信仰心を利用されている人もいます。


体に良さそう、というイメージだけで、セリアック病でもない人が割高なグルテンフリー商品を購入したりしています。
(セリアック病とは、小麦、大麦、ライ麦などに含まれるグルテン不耐症です。遺伝性であり、主な治療はグルテンフリー食事法です)


割高なオーガニック食品(有機栽培)は栄養価が高いとされていますが、それが免疫に寄与するという個人的な意見や感想はあっても、明確な証拠やデータは未だありません。(味は良いと思いますが)


抗酸化物質の豊富な食物を多く摂取することが、病気の予防に役立つというエビデンス(科学的根拠)はあるようです。
しかし、食物よりも高額な、効率よい抗酸化作用を期待するサプリメントによるエビデンスはないようです。(厚生労働省ホームページより


信仰心を利用されている人は、恐ろしいことに、それらの体に良さそうな食品を取らなければ何か体に悪いことが起きるのではないか?と勘違いさせられているケースもあります。


その結果、最近では体に気を使った食事をすること=必要以上にお金のかかること、という間違ったイメージがついている気がします。

禁忌とされる食品は時代によって変わる


私が生まれ、物心がついてからの約30年間でも、ざっくりとした流れですが、以下のように「目の敵」にされる食品が移り変わっていきました。

化学調味料

砂糖(甘いもの)

塩分(漬物など)

脂(トランス脂肪酸あるいはマーガリンと言えば分かりやすいかも)

糖質(糖質制限、ロカボ食品の大ブーム)


中には、上記のすべての禁忌を避けているという、ハイブリット信仰心をお持ちの方もいるかもしれません。


禁忌とされる食品が変わっていく主な根拠は、新しく発表された研究論文や、WHOの刷新される指針などです。


また、人々に新しいデータが認知されることで、禁忌とされた食品が許しを得ることもあります。


昔は嫌がられていた味の素の原料は、ただのサトウキビであることをご存知の方も多いでしょう。


それにしても、なぜこんなに頻繁に体に悪い食品が入れ替わるのでしょうか。

人類の歴史は餓えとの戦いだった

ひとつは、食物が安定供給されるようになったのは、人類史上、ここ数十年初めてのことだからです。


それまでは安定供給は愚か、全員が生き残るために十分な食糧を生産できない期間の方が長かったのです。


栄養や食物に関してはまだまだ未知の部分も多く、研究が進んでいないのだと思います。


もちろん研究が進むにつれ、食物の評価は変わっていきます。


例えば、以前は発がん性を疑われていた「コーヒー」。


信仰心の強い人の中には、がんになるかもしれない、との理由で避けていた人もいるでしょう。


しかし、国際がん研究機関(IARC)によって、「コーヒー」「マテ茶」は2016年に「ヒトに対する発がん性について分類できない」グループになりました。

画像は農林水産省のホームページからお借りしたものです。

人権を守りつつ、正確なデータを取るのは困難

もうひとつは、ヒトの食事や栄養に関する正確なデータは、しばしば取得しにくいという問題です。


食事調査、というのは主に(記憶を頼りにした)自己申告や聞き取り調査です。


しかも、非常に短期間(1日〜3日)で調査を終えることが多いです。


どのような世帯が、どのような食事をしているのか。


また地域性や、年齢別、性別での違いを観察することは、ある程度は可能です。


しかし、Aという食物がヒトに与える健康効果を調べたい時には適していません。


Aという食物がヒトに与える影響の、正確なデータを得たい時は、長期の治験入院などにより、被験者を日常生活から完全隔離し、血液や尿、その他の様々な検査を行わなければなりません。


実験期間というのも、薬効が得られるかどうかの薬物とは違い、実験は長期間になります。


そもそもどこをゴールにするのかの定義も困難です。


加えてある食物に発がん性があるかどうかなど、少なくとも調査期間は数年〜数十年はかかるでしょうし、がんが発生するかを確認する実験など、誰も参加したくありません。


おまけにその食物の影響を観察するのですから、もう一方、その食物を与えない被験者群を用意する必要性があります。


正確なデータを得るためには、年齢、性別、体格、その他多岐にわたる様々な人々を無作為に抽出し、振り分けなければならないでしょう。


研究が盛んなアメリカでさえ、食物栄養に関する実験では、被験者の拘束期間は長くて6週間程度のことが多いようです。


実験の参加者が多く、調査期間が長いほど正確なデータは得られますが、比例して莫大な費用がかかります。


しかも研究費用は大企業から出ていることも多く、その時点で公平性が疑わしいこともあります。


もちろん、発表された実験データや論文をそのものを否定しているのではありません。


人で実験できないぶん、動物実験があるということも分かります。


しかし特に食物栄養における研究の場合、動物実験で得られたデータは、動物実験で得られたデータです。


マウスやラットとヒトは、寿命も体格も違います。


例えば食物Aを投与した結果、寿命が30%短くなったという結果をそのままヒトに当てはめて考えるのは短絡的です。


それでも研究・実験はされていくべきですし、統計調査や追跡調査など、データはできるだけ多く積み重ねられていくべきです。


そして、様々な研究者、団体によるデータ結果の分析、検証がなされます。


充分な研究や協議を重ねた結果、一度出た結論が数年後にはひっくり返っていることもあるのです。

誤解されて伝わることも

2015年、WHOの附属機関である国際がん研究機関(IARC)が「赤肉と加工肉の摂取の発がん性」という報告書を提出し、マスメディアもこれを大きく報道しました。


元の記事をよく読めば、赤肉と加工肉を食べるとがんになりやすい、という報告書では「ない」ということが分かります。
加工肉でがんになる?本当はどんな報告だったのか 〜誤解だらけの加工肉・赤肉問題(前編)


また、日本の国立がんセンターも、平均的な摂取の範囲であればリスクに与える影響はないか、あっても小さいと言える、ときっぱりと否定しています。


赤肉と加工肉に関する報告書が発表されたのは2015年ですが、以下の「大腸がんのリスクも、ハムにソーセージ・食べてはいけない加工肉の見極め方」というYAHOO!ニュースの記事は2021年に配信されたものです。(現在は削除されています)


それだけ、多くの人が単純に加工肉を避けたほうがいいと勘違いしているのでしょうし、記事を読んだ信仰心が強い人は恐怖に煽られてしまうでしょう。

おわりに

多くの人は、私たちの体は食べた物でできている、と信じています。


そして無意識のうちに食べ物を「体に良い物」と「体に悪い物」に分けています。


本当はそうではないはずです。



「食べ物」は「人」を「良くする物」です



ただ、「人は量を間違えやすい」のです。


「量」が多すぎても、肥満や、さまざまな病気になりやすくなります。


「量」が少なすぎても、栄養不良、欠乏症に悩まされるでしょう。


その「量」を見極める時の目安が、データや論文なのです。


しかし、信仰が強い人ほど、耳障りのよいだけで根拠のない記事や、自分には不必要な食事法、間違えて報道されたデータに誘導されてしまいます。


ただ生きのびるためでなく、健康のために食事に気を配ることができることは本当に幸福なことです。


誰もが、自分にとって適正な量を選び取れるようにあって欲しいと願います。

関連記事:なぜ貧しい人はパンがなくてもお菓子を食べてしまうのか【貧困と栄養】

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